第2回【超入門シリーズ|現代アートを学ぶ名著】ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り』
【超入門シリーズ|現代アートを学ぶ名著】 同時代のアートを考えるため、アーティストやキュレーター、批評家が集い、2006年に発足したプラットフォーム CAMP ( https://ca-mp.blogspot.com/) 。 そのCAMPを主宰する井上文雄さんとルカノーズが、スペシャルコラボ! 難解な現代アートの指南書をわかりやすく解説していきます。 第2回目 は 、 コロンビア大学教授の 美術批評家・エッセイストの ジョナサン・クレーリーの『知覚の宙吊り――注意、スペクタクル、近代文化』 についてのレクチャーです。 レクチャー解説は、 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授 で、アートとジェンダー、動物、テクノロジーについて、芸術と政治をめぐる様々な問題を多角的に研究している 清水知子先生 (文化理論、メディア文化論)です! また、こちらの講座は アーカイブを 2026年4月末 まで視聴可能! (もちろん、ライブ参加も大歓迎です) ◆ この本が扱う問い ジョナサン・クレーリーの『知覚の宙吊り』は、 エドゥアール・マネ《温室にて》(1879)、ジョルジュ・スーラ《サーカスのパレード》(1887-88)、ポール・セザンヌ《松と岩》(1900年頃)を手がかりに、 美術史だけでなく、思想史、科学・技術史、文化史を越境しながら、 近代において知覚の歴史がどのように変容してきたのかを読み解く一冊です。 19世紀末、都市は急速に拡大し、ポスターや広告、電灯、映画といった新しい視覚刺激があふれました。 人々の注意はつねに何かに引き寄せられ、同時に絶えず揺さぶられるようになります。 それは、現代の私たちがスマホの通知や動画広告にさらされている状況と、驚くほどよく似ています。 クレーリーによれば、「注意する主体」は生まれつきの能力ではなく、近代社会のなかで形成されたものです。 しかし注意は、散漫や催眠と切り離されたものではありません。 じっさい、マネ、スーラ、セザンヌといった巨匠たちの名画の背後には、「注意」をめぐる知覚のあり方の大きな変化が潜んでいました。 本書は、初期の視覚装置やスペクタクル産業、さらには注意欠如・多動症(ADHD)にまで射程を広げながら、私たちの知覚がどのように歴史的に形づくられてきたのか、近代が生み出した注意する主体とその揺らぎを明らかにします。...